小児がん×NTRK遺伝子融合:乳児線維肉腫編
監修:東京大学大学院医学系研究科 生殖・発達・加齢医学専攻 小児医学講座小児科学 教授 加藤 元博 先生
本コンテンツは、希少な小児がんの症例において、遺伝子パネル検査に至るまでの経緯や治療における留意点等を掲載することで、治療の参考にしていただくことを目的として作成しています。
小児固形癌における遺伝子パネル検査の意義と実臨床での活用状況
2019年6月、2種類のがん遺伝子パネル検査が保険収載され、がんゲノム医療がスタートした。小児がんは希少がんの集合であり標準治療が確立していない疾患が多く含まれるため、アクショナブル※な遺伝子変化を探索できる遺伝子パネル検査への期待は高い。また、小児がんには成人にみられない稀ながん腫が多いという特徴があり、今後はそれらの疾患の診断や予後予測などの用途でもがん遺伝子パネル検査を将来的に活用できるようになることが強く期待される。
※遺伝子変化が検出されたことで、有効な薬剤があるなどで治療方針が変更しうる場合をアクショナブルと定義
小児固形腫瘍患者においてがん遺伝子パネル検査を実施する主な目的としては、アクショナブルな遺伝子変化の有無を検出し、検出された際にその変化に応じた治療薬を用いて治療を行うこと、あるいは進行中の臨床試験への組み入れを検討することが挙げられる。小児固形腫瘍患者に対してがん遺伝子パネル検査を含む分子診断の有用性を検討した研究として、フランスのHarttrampfらによるMOSCATO-01研究が知られている。本研究では小児固形腫瘍患者75例のうち69例で何らかの分子検査が実施され、うち42例(60.9%)で"potentially actionable"な遺伝子変化が検出されたほか、そのうち14例(33.3%)は検出された遺伝子変化に応じた分子標的薬が実臨床や臨床試験またはコンパッショネートユースなどの枠組みのなかで投与された(図1)1。
現状、小児固形腫瘍における遺伝子パネル検査は、まだ十分に活用されているとは言いがたい状況である。その理由としては、現在のがんゲノム医療は成人の固形腫瘍患者におけるアクショナブルな遺伝子変化に適した治療を提供することを目指して設計されてきたことが挙げられる。また、がん遺伝子パネル検査は高額な診療報酬点数が算定可能となっているが、包括払い制度であるDPCにおいて出来高評価の対象検査とは認められていないため、DPC対象病院に入院治療中に検査の提出・結果説明が行われてもその点数が算定できないという問題がある。小児がんは成人のがんよりも入院治療の比重が大きいため、外来診療でしかがん遺伝子パネル検査が実施できないという現状は変えていかなければならず、今後の課題であろう。
図1 MOSCATO-01研究の患者フローチャート
References
- Harttrampf AC, et al. Clin Cancer Res. 2017; 23(20): 6101-6112. Return to content
小児の肉腫における主なドライバー遺伝子変化とNTRK融合遺伝子の発生頻度
小児がんは、胎児組織や前駆細胞に由来する胎児性腫瘍や肉腫が多い特徴がある。また、小児がんでは組織型ごとに異なる遺伝子変化がみられることがあり、そのことが以前から診療に利用されてきた。中でも遺伝子融合が特徴的であり、代表的なものとしては横紋筋肉腫(胞巣型)ではPAX3-FOXO1(FKHR)またはPAX7-FOXO1(FKHR)、ユーイング肉腫ではEWSR1-FLI1、線維形成性小円形細胞腫瘍ではEWSR1-WT1、乳児線維肉腫ではETV6-NTRK3が高頻度に認められており(表)1、これらの腫瘍特異的な遺伝子融合の検出は診断の観点からも非常に重要となっている。
また、治療の観点においては、ETV6-NTRK3融合遺伝子を有する肉腫患者ではTRK阻害薬が保険診療下で投与可能である。2018年の段階ではNTRK融合遺伝子の発生頻度は成人固形腫瘍で0.31%(31/9,966例)と報告されていたが2、小児固形腫瘍および成人固形腫瘍でがん腫別の発生頻度も集計した大規模な検討が2021年に報告された。小児の肉腫においては、がん遺伝子パネル検査を実施した18歳未満の固形腫瘍患者4,388例のうち、軟部肉腫で4.02%(25/622例)、横紋筋肉腫で0.35%(1/287例)、骨肉腫で0.63%(2/317例)、軟骨肉腫で8.33%(1/12例)、孤立性線維性腫瘍で50%(1/2例)にNTRK融合遺伝子が認められた3。一方で、18歳以上の成人固形腫瘍患者290,431例におけるNTRK融合遺伝子の発生頻度は、軟部肉腫で1.27%(79/6,216例)、平滑筋肉腫で0.47%(13/2,746例)、骨肉腫で0.32%(3/932例)、軟骨肉腫で0.19%(1/514例)、子宮肉腫で1.01%(5/494例)、血管肉腫で0.36%(2/553例)、ユーイング肉腫で0.28%(1/363例)、横紋筋肉腫で0.63%(2/315例)であり3、肉腫のなかで最も患者数が多い軟部肉腫では成人よりも小児でNTRK融合遺伝子の発生頻度が高い結果であった。以上の結果から、小児の軟部肉腫患者では診断と治療の両方の観点において、がん遺伝子パネル検査を施行する意義は大きいと思われる。
表 小児の肉腫で認められる主な染色体転座と融合遺伝子
診断名 | 染色体転座 | 融合遺伝子 | 頻度 |
---|---|---|---|
横紋筋肉腫(胞巣型) | t(2;13)(q35;q14) t(1;13)(p36;q14) |
PAX3-FOXO1 PAX7-FOXO1 |
60% 20% |
ユーイング肉腫 | t(11;22)(q24;q12) t(21;22)(q22;q12) t(7;22)(p22;q12) t(2;22)(q35;q12) |
EWSR1-FLI1 EWSR1-ERG EWSR1-ETV1 EWSR1-FEV |
85% 10% <1% <1% |
線維形成性小円形細胞腫瘍 | t(11;22)(p13;q12.2) | EWSR1-WT1 | >95% |
乳児線維肉腫 | t(12;15)(p13.2;q25.3) | ETV6-NTRK3 | 70% |
滑膜肉腫 | t(X;18)(p11.2;q11.2-11.23) t(X;18)(p11.2;q11.2-11.23) t(X;18)(p11.2;q11.2-11.23) |
SS18-SSX1 SS18-SSX2 SS18-SSX4 |
64% 35% 1% |
軟部淡明細胞肉腫 | t(12;22)(q13;q12) | EWSR1-ATF1 | >90% |
References
- Ribelles AJ, et al. J Pers Med. 2021; 11(4): 268. Return to content
- Okamura R, et al. JCO Precis Oncol. 2018; 2: PO.18.00183. Return to content
- Westphalen CB, et al. NPJ Precis Oncol. 2021; 5(1): 69. Return to content
症例:乳児線維肉腫症例に対するヴァイトラックビ®治療
紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。
Bielack SS, et al. Ann Oncol. 2019; 30(Suppl_8) : viii31-viii35.
本研究はLoxo Oncologyおよびバイエルの資金により行われた。本論文の著者にバイエルまたはLoxo Oncologyにてコンサルタント等をしている者が含まれる。本論文の著者のうち2名はLoxo Oncologyの社員である。
生後3.5ヵ月(ヴァイトラックビ®投与開始時)、男児
診断名: | 乳児線維肉腫 |
用量: | ヴァイトラックビ® 100mg/m2、1日2回投与 |
前治療歴: | 外科切除(R1/RX)、多剤併用化学療法 |
治療経過
ヴァイトラックビ®投与開始までの臨床経過
本症例では、舌の前部に口から突き出すほど大きなサイズの乳児線維肉腫が、生後まもなく認められた。生後4日目に外科的に切除され(R1/RX)、病理部門において break-apart FISHでETV6転座切断点の存在が明らかになり、PCRでETV6-NTRK3再構成陽性の乳児線維肉腫と確定された。生後7週目に右頸部の腫瘤が急速に肥大したためMRIを撮影したところ、両側の頸部リンパ節での再発、および右顎下腺領域における造影部位の口腔底筋肉組織への浸潤が認められ、左腋窩リンパ節転移が疑われた。局所的な浸潤の程度から手術による切除は耐容不能と判断され、化学療法の臨床試験に組み入れられた。多剤併用化学療法が2サイクル施行されたが奏効は得られず、臨床所見では右頸部の腫瘤の進行が疑われた。その後、小児固形癌患者を対象としたヴァイトラックビ®のSCOUT試験1への登録が行われた。
ヴァイトラックビ®治療開始後の経過
本症例に対し、ヴァイトラックビ®(内用液)100mg/m2が1日2回投与にて開始された。投与開始時点(第1サイクル第1日、1サイクルは28日間)では生後3.5ヵ月であった。投与開始後4日以内に腫瘍の硬さの変化が認められ、第8日時点の診察における触診時には指標病変が動かしやすく変化し、大きさも縮小していた。その後、腫瘍の縮小が数週間にわたって認められた(図3)。投与開始後の初回MRI検査時(第3サイクル第1日、第56日)で認められた異常は右頸部リンパ節における孤発性の肥大のみであり(図4B)、RECIST ver1.1を用いた判定の結果、CRに該当すると評価された。最終フォローアップ時となる第18サイクル第1日(投与開始後16ヵ月)までこのCRは継続した。
有害事象としてグレード3の血中ALP増加が認められ、本事象はヴァイトラックビ®と因果関係なしと判定された。本事象以外にグレード3以上の有害事象は認められなかった(グレード1~2の有害事象は文献内に記載なし)。なお、海外第Ⅰ/Ⅱ相試験であるSCOUT試験では安全解析集団88例中62例(70.5%)に副作用が認められている1。
本症例の成長はパーセンタイル発育曲線(成長曲線)と一致しており、発育の目安である11ヵ月での歩行に至った。
References
- バイエル薬品社内資料[進行固形腫瘍又は中枢神経系原発腫瘍を有する小児患者を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相試験(試験20290、SCOUT試験)](承認時評価資料) Return to content
図2 症例経過(文献より作図)
図3 右頸部腫瘤の臨床所見
- A:ヴァイトラックビ®投与開始前
- B:投与開始後第3週時点
- C:投与開始後第9週時点
- D:投与開始後第25週時点
A
B
C
D
図4 右頸部病変の最大径のMRI所見(冠状断および水平断)
- A:化学療法終了時点
- B:投与開始後第56日(第8週)時点
- C:投与開始後第112日(第16週)時点
A
B
C
本症例のポイント(監修:東京大学大学院医学系研究科 生殖・発達・加齢医学専攻 小児医学講座小児科学 教授 加藤 元博 先生)
- 本症例では、ヴァイトラックビ®に起因しないグレード3のALP増加が認められた。ヴァイトラックビ®に起因するグレード3以上の有害事象は認められなかった(グレード1~2の有害事象は文献内に記載なし)。一方で、海外第Ⅰ/Ⅱ相試験であるSCOUT試験では安全解析集団88例中62例(70.5%)に副作用が認められており、注意深く観察する必要がある。
- 本報告から、乳児線維肉腫症例に対するNTRK融合遺伝子検査の重要性が示唆されたと考えられる。
- 本症例ではFISHとPCRにてNTRK融合遺伝子が検出されたが、本邦では肉腫の診断に有用な個別の遺伝子検査の多くは診療品質の検査としては実施されておらず、また、解析の対象となる遺伝子の数も多いことから、適応を十分に検討した上で保険承認されているがん遺伝子パネル検査を実施することが望ましいと考えられる。
ヴァイトラックビ®の副作用
ヴァイトラックビ®は、21歳以下の進行・再発の固形癌患者88例[安全性解析集団、中央値(範囲):3.5歳(0.1~19.9)]を対象とした海外第Ⅰ/Ⅱ相試験SCOUT試験1によって、小児患者に対する安全性が評価されている。安全性解析集団88例中62例(70.5%)に副作用が認められ、グレード3又は4の副作用は17例(19.3%)であったと報告されている。主な副作用は、ALT増加30例(34.1%)、AST増加25例(28.4%)、好中球数減少17例(19.3%)、白血球数減少13例(14.8%)、貧血11例(12.5%)などであり、グレード3又は4で最もよくみられた副作用は好中球数減少8例(9.1%)であった。重篤な副作用は6例(6.8%)、投与中止に至った副作用は2例(2.3%)に認められ、副作用による死亡例は認められなかった。
References
- バイエル薬品社内資料[進行固形腫瘍又は中枢神経系原発腫瘍を有する小児患者を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相試験(試験20290、SCOUT試験)](承認時評価資料) Return to content
乳児線維肉腫患者における服薬の課題とヴァイトラックビ®の剤型的特徴
乳児線維肉腫は基本的には生後間もない乳児に認められる疾患であるが、乳幼児はカプセル剤の服用が困難であり、薬物療法療法施行時の課題となる。ただし、ヴァイトラックビ®内用液のような液剤であれば乳幼児でも経口投与が可能である。
また、乳児線維肉腫は発症部位が全身にわたるという特徴があるため、その部位ごとに随伴症状や外科的切除後の残存機能が異なることも課題である。本稿で紹介されている症例は口腔内~頸部発症であるが、このような症例では随伴症状や外科的切除の状況によっては嚥下機能に障害が残り、経口投与が困難となってしまう可能性も想定される。なお、ヴァイトラックビ®内用液は必要に応じて経鼻または胃栄養チューブを介して投与することも可能であるため、経口投与が困難な患者に対しても治療が行える薬剤と言える。
ヴァイトラックビ®内用液の詳しい投与方法につきましては以下のリンクをご参照ください。
①内用液の経口投与:ヴァイトラックビ®内用液の服用方法
②経鼻・胃栄養チューブを介した投与:ヴァイトラックビ®内用液 経鼻・胃栄養チューブ投与説明書