NTRK Plus ー私のNTRK融合遺伝子検出経験ー
VOL.3 乳児線維肉腫(自治医科大学 とちぎ子ども医療センター)

監修
田仲 和宏 先生

嶋田 明 先生

自治医科大学
小児科・小児医療センター
教授

第3号では、自治医科大学 とちぎ子ども医療センター 小児科でのNTRK融合遺伝子検出例を紹介する。本施設は、高度で専門的な小児医療の提供を推進するとともに、地域医療の向上に取り組んでいる。がん診療では2007年に「地域がん診療連携拠点病院」に指定され、地域におけるがん診療の中核的な役割を果たしてきた。また、本施設は2018年に「がんゲノム医療連携病院」に指定され、がんゲノム医療の提供が可能となった。2019年には「小児がん連携病院」に指定されており、小児がん患者とそのご家族が安心して適切な治療を受けられるよう、地域における小児がん診療の円滑な実施を図るとともに、質の高い小児がん医療の提供に努めている。
今回、本施設小児科を受診中の乳児線維肉腫患者に対して、CGP検査およびエキスパートパネルでの議論の結果、「NTRK融合遺伝子陽性の乳児線維肉腫」であることが判明し、ヴァイトラックビ治療が開始された。

目次

自治医科大学 とちぎ子ども医療センターにおけるがんゲノム医療

当院で実際に経験したNTRK融合遺伝子陽性症例の検出

自治医科大学 とちぎ子ども医療センターにおけるがんゲノム医療

がん治療は、がんゲノム医療の進展により、さらに複雑かつ高度化していくことが予想される。自治医科大学 とちぎ子ども医療センターでは、高い専門性と幅広い知識・技能を有するメディカルスタッフによるがんゲノム医療に積極的に取り組んでいる。

  • 所在地:栃木県下野市
  • 病床数:137床(一般122床、精神15床)
  • 診療科:11科(小児科、小児外科、小児脳神経外科、小児整形外科、小児・先天性心臓血管外科など)
当院の基本情報

拠点病院などの指定経緯

  • 2007年1月:地域がん診療連携拠点病院に指定
  • 2018年10月がんゲノム医療連携病院に指定
  • 2019年6月:CGP*1検査を開始
  • 2019年11月:小児がん連携病院に指定

CGP*1検査実施件数

2019年3件、2020年5件、2021年5件

*1:comprehensive genomic profiling

小児科における骨軟部肉腫の診療状況とがんゲノム医療

骨軟部肉腫患者の例数(年間)2021年5例
骨軟部肉腫に対する手術件数(年間)2021年3件
骨軟部肉腫患者のうち薬物治療施行例数(年間)2021年5例
骨軟部肉腫患者のうち進行・再発症例数(年間)2021年1例
CGP検査実施例数(年間)2021年2例
骨軟部肉腫患者・ご家族のがんゲノム医療に対する認知度低い
医療従事者から説明を受けた後の、骨軟部肉腫患者・ご家族のがんゲノム医療に対する積極性特に難治例で積極的

がんゲノム医療に関わる部門・診療科と役割分担

小児科を中心に、各診療科・部門が連携して、進行・再発・難治の小児患者に対して適切な治療薬を見つけられるよう、がんゲノム医療を積極的に推進している

がんゲノム医療に関わる部門・診療科と役割分担

腫瘍センター運営委員会

  • 各がん診療科、看護部、薬剤部、医学部大学院、看護学部、患者サポートセンター、事務から構成
  • 院内のがん医療を横断的に統括して発展させ、多方面にわたるがん医療を安全かつ効率的に提供することを目的に活動しており、運営会議を年 2~3回開催して診療科横断的な活動報告や問題点に関する討議を行っている

エキスパートパネル

  • 国立成育医療研究センター(がんゲノム医療拠点病院)で開催
  • 通常の参加者:小児科担当医、脳神経外科担当医

地域連携

地域がん診療連携拠点病院*2として、地域におけるがん診療の中核的な役割を担っている。また、がんゲノム医療連携病院*2として、CGP検査に基づくがんゲノム医療を円滑に提供できる体制を構築するとともに、地域の医療機関との連携強化にも努めている

*2:最新情報はこちらをご参照ください https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_byoin.html(2022年9月閲覧)

紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

当院で実際に経験したNTRK融合遺伝子陽性症例の検出

乳児線維肉腫と病理検査で診断されていたが、CGP検査の結果、「NTRK融合遺伝子陽性の乳児線維肉腫」であることが判明し、ヴァイトラックビ治療が開始された症例

症例報告者:嶋田 明 先生(自治医科大学小児科・小児医療センター 教授)

  • 性別、月齢 :女児、生後3ヵ月(初診時)
  • 疾患 :乳児線維肉腫(20XX年2月診断時点)
  • 合併症 :なし
  • 主訴 :左大腿部の腫脹(大腿周囲径:左27cm、右21cm)

現病歴

20XX年

  • 1月下旬 :他院整形外科より当院整形外科を紹介受診
  • 2月上旬 :MRI所見より腫瘍疑い、緊急入院
     生検施行(全身麻酔で一部組織を採取)
  • 2月中旬 :当院小児科に転科
     病理組織学的所見より乳児線維肉腫と診断、CGP検査を検討
    • Spindle様の細胞増生、一部筋系マーカー陽性
    • 機能温存や成長への影響が懸念されたため初回手術は困難と判断

緊急入院時(20XX年2月上旬)

脂肪抑制造影 T1冠状断像

脂肪抑制造影 T1冠状断像

脂肪抑制造影 T1横断像

脂肪抑制造影 T1横断像

CGP検査提案~ヴァイトラックビ治療開始まで

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CGP検査提案~ヴァイトラックビ治療開始まで

*1:ビンクリスチンを含む多剤併用化学療法 *2:標準用量の30% *3:標準用量の50% *4:標準用量の60%

CGP検査提案・同意取得のポイント

  • 誤解を招かない
    「遺伝」と「遺伝子」の違いを説明し、親からの遺伝ではないことについて理解を得る
  • 乳児線維肉腫は新たな治療選択肢が見つかる可能性が高いため、早期にCGP検査を提案
    タイミングは一次治療開始前が望ましいが、CGP検査は結果が出るまでに時間を要するため、一次治療と並行して進めることが重要である
  • CGP検査に関する説明は、患者向け冊子を用いて繰り返し行う
    一度の説明で理解することは困難なため、外来で行うCGP検査の同意取得の前に、一次治療の入院中からCGP検査について繰り返し話をすることで理解を深めてもらいながら、医師から患者・ご家族へ積極的に話しかけて疑問点や不安に思うことなどを確認する
  • 過剰な期待を持たせない
    CGP検査によって必ず治療薬が見つかるわけではなく、治療薬に結び付く割合は約10%と低いことについてもしっかりと説明する

ヴァイトラックビ治療

ヴァイトラックビ治療

ヴァイトラックビ投与開始前

脂肪抑制造影 T1冠状断像

脂肪抑制造影 T1冠状断像

脂肪抑制造影 T1横断像

脂肪抑制造影 T1横断像

ヴァイトラックビ投与3ヵ月後

脂肪抑制造影 T1冠状断像

脂肪抑制造影 T1冠状断像

脂肪抑制造影 T1横断像

脂肪抑制造影 T1横断像

ヴァイトラックビが選択された理由

乳児患者のため

  • ご家族が外来治療を強く希望
    面会が1日30分に制限されていたため、自宅で一緒に過ごすことができる内服の外来治療を強く希望
  • 服用しやすい剤形
    カプセルが服用できない乳児でも服用できる内用液
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ヴァイトラックビ

外来治療が可能

内用液を選択可能

ヴァイトラックビの剤形(カプセル、内用液)

ヴァイトラックビの剤形(カプセル、内用液)

外来治療のメリット

乳児が親と一緒に暮らしてスキンシップをとれることは、乳児の成長・発達に良い影響があるため、外来治療によるメリットは大きく、本症例においても母子ともに笑顔が増えたと感じている

外来治療のメリット

乳児におけるヴァイトラックビ治療のポイント

  • 乳児の体格は小さくて循環血漿量も少ないことから、急変しやすく経過が早いため、抗がん剤治療における副作用管理は成人より注意深くモニタリングすることが重要
  • 本症例では、ヴァイトラックビ治療の導入は内用液の服用練習も兼ねて入院で行った
  • 予測される副作用と発現頻度、副作用発現時の対処法などについて予め説明しておく
  • ヴァイトラックビ治療でMRI画像上の腫瘍消失を認めた場合、いつまで治療継続するかは今後の検討課題であり、現時点では、ヴァイトラックビ治療の中止に関するエビデンスは十分でないため、治療継続が望ましい

今回ご紹介した症例は、当院で病理組織学的所見より乳児線維肉腫と診断され、小児科を受診中の患者である
CGP検査の結果、「NTRK融合遺伝子陽性の乳児線維肉腫」であったことが判明し、ヴァイトラックビによる治療が開始された

  • 患者のご家族はがんゲノム医療のことはまったく知らなかったが、「新たな治療法が見つかる可能性があるなら、ぜひやってください」と、CGP検査を受けることに積極的であった
  • ヴァイトラックビ投与3ヵ月後のMRI画像で腫瘍が消失し、その後も病勢進行・再発は認められず、減量・休薬することなく治療継続中である(20XX年9月時点)
  • 乳児領域では、外来治療が可能な内用薬は患者・ご家族にとってメリットの大きい選択肢であった
  • 「乳児線維肉腫のように治療薬に結び付く可能性が高い場合は、積極的かつ早期のCGP検査が重要である」ということをあらためて認識する症例であった

がんゲノム医療に関する情報をしっかりと提供し、患者が治療機会を逸することがないよう努める

早期に遺伝子異常を知り、適切な治療薬にアクセスできることは患者・ご家族にとって大きなメリット

進行・再発・難治例では積極的かつ早期にCGP検査を実施すべき

約10%でも新たな治療薬が見つかる可能性があるならば、CGP検査を実施すべきであり、治療薬に結び付く可能性が高い乳児線維肉腫などでは、一次治療開始前の実施を推奨する
ドライバー遺伝子の検出率が高い癌腫を理解しておくことも必要である

小児領域では診断にもCGP検査が有用

CGP検査を実施しないと診断が困難な例が多くある
診断によって治療法が変わるため、正確な診断が求められる

CGP検査の成功体験が、その後の積極的な検査実施の原動力

脳腫瘍患者でNTRK融合遺伝子を検出し治療薬に結び付いた経験が、本症例におけるCGP検査実施のきっかけとなっている。ゲノムに対する苦手意識は払拭し、成功体験を積むことが大切である

嶋田先生

嶋田先生

ヴァイトラックビ電子添文[2022年11月改訂(第8版)]

6. 用法及び用量

通常、成人にはラロトレクチニブとして1回100mgを1日2回経口投与する。なお、患者の状態により適宜減量する。
通常、小児にはラロトレクチニブとして1回100mg/m2(体表面積)を1日2回経口投与する。ただし、1回100mgを超えないこと。なお、患者の状態により適宜減量する。